最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)265号 判決
上告人 佐藤重次郎
被上告人 檢事総長
一、主 文
本件上告を棄却する。
二、理 由
本件上告趣意は末尾添附の別紙記載のとおりであつて、これに対する判断は次のとおりである。
上告代理人伊佐早信、同両角誠英上告理由第一点について。
原審が金子新吾に対する檢事の聽取書、本件上告人佐藤重次郎及び太田三郎に対する各檢事の聽取書中の記載を綜合して、金子新吾が上告人の選挙運動の総括主宰者となつたことを、認定したのについて、論旨はこれらの証拠によつては、右金子が上告人の選挙運動を総括主宰した事実は認め難く、この点に関する原審の認定は違法であると主張するけれども、右金子に対する聽取書中の「私は事務長格として選挙事務所になつている重次郎宅に始終出入して運動の方針を決めたり、金の支出を責任を以て致しました其等選挙運動については一切を候補者から委されて居つたのであります。」との記載、上告人に対する聽取書中の「私は事務の不馴な金子に選挙運動の一切を委せたこと」との記載、右太田に対する聽取書中「選挙事務所では金子新吾が事務長として始終來て居つて金銭の授受から色々な計画や指図をして居りました」との記載等によつても原審が金子新吾を上告人の選挙運動を総括主宰した者と認定したのは当然であつて、右認定に所論のような違法はなく、論旨に理由はない。
同代理人上告理由第二点について。
論旨は原審が上告人が金子新吾の選挙監督について、相当の注意をしたことを認めながら、一面において金子の監督に相当の注意をなしたことは認められないと断じているのは前後矛盾しており、原判決の理由に齟齬があると主張するのであるが原判決は上告人と金子新吾との交友関係、金子新吾の閲歴性行等、金子を選挙運動費用の支出責任者に選任するに至つた事情、上告人が縣会議員選挙心得其の他の文書を選挙事務所に備付けしめた事実等については、これを認定しているけれども、論旨のいうように、監督に相当の注意を拂つたことは認めていないのであつて、從つて原判決の説明は所論のように前後矛盾するものではなく又その理由に齟齬もない。論旨は又檢察事務官の金子新吾に対する聽取書中原判決の引用する同人の供述記載は意味が瞹眛、不明瞭であり、同人の恣意的意見の表現に過ぎないから、証拠資料に爲すに適しないものであるにかゝわらず、原審がこれを証拠にとつたことは採証方法を誤つたものであり違法であると主張するのであるが、原審は事実審として許された自由裁量の範囲において、これを証拠にとつたのであるから、これを目にして採証の方法を誤つた違法があるということはできないのであつて、論旨に理由はない。
上告代理人千速賢正上告趣意第一点について。
原判決が檢察事務官の金子新吾に対する聽取書を引用して上告人が金子に対し監督上周到の注意を拂つていたとは認められないと判示したのに対して、論旨は右金子の供述は金子の経済的損失に対する不安を刺戟し感情を興奮せしめて誘導し報復的に供述せしめたものであつて、原審がこれを証拠として採用したのは採証の法則を誤つていると主張するけれども、右の供述が所論のような状況においてなされたものとは断定できないのみでなく、原審は許された自由裁量の範囲において右聽取書を証拠として採用したのであるから、これを目して採証の法則に反するということはできない。論旨に理由はない。
同代理人上告趣意第二点について。
論旨は上告人は金子の監督について相当の注意をしたのであつて、これ以上の監督は人力を以ては不可能であると主張するのであるが、原判決は上告人において金子新吾が本件のような違反行爲に出る虞あることを察知していたこと並びに金子は数回にわたり金円供與の犯行を反覆敢行したにかゝわらず上告人が看過していたことを認定した上上告人が金子の監督について相当の注意をしたということはできない旨判示しているのであつてその説明には所論のような違法はないから、論旨は理由はない。
よつて地方自治法第六八條第三項衆議院議員選挙法第一四一條ノ二旧刑事訴訟法第五七七條、同第四四六條に則り主文のとおり判決する。
右は当小法廷裁判官全員一致の意見である。
(裁判官 長谷川太一郎 井上登 河村又介 穗積重遠)
弁護人伊佐早信同両角誠英上告理由
第一点 原判決は証拠を曲解して事実を認定した違法がある。
縣会議員選挙につき、其の選挙運動を総括主宰した者が、選挙人又は選挙運動者に対する金銭供與等の選挙罰則違反罪に依り、所罰されたときは、其の当選人の当選が無効とされることは、法律の明定するところである。然るに其の選挙運動を総括主宰した者とは、選挙運動を総般的に指揮監督した者を指すのであつて、單に選挙費用の支出責任者に過ぎなかつた者は、選挙運動を総括主宰した者といい得ないこと勿論である。今本件について見るに、原判決は、本件被告佐藤重次郎は、昭和二十二年四月三十日施行の山形縣会議員選挙に際し立候補して当選したところ、其の選挙運動を総括主宰した公訴被告人金子新吾が選挙罰則違反罪に依り処罰されたので、本件被告の当選は無効であると認定し、そして右公訴被告人はその選挙運動を総括主宰したとの点につき、金子新吾に対する檢事の聽取書(記録五八四丁以下)佐藤重次郎に対する檢事の聽取書(記録八〇八丁以下)及び太田三郎に対する檢事の聽取書(記録六三六丁以下)を綜合的に証拠として挙げて居る。然るところ此等の証拠を仔細に点檢し之を綜合考覈すれば、右公訴被告人が昭和二十二年四月十日頃、本件被告から選挙運動の費用の支出に関する責任者に選任され、其の責任者としての行動を爲したことを認め得るに止まり右公訴被告人が選挙運動を総般的に指揮監督して其の運動を総括主宰したとの事実は到底之を認め難く却て其の選挙運動の総括主宰者は、本件被告自身であつたことを確認し得るのである。從つて原判決は証拠を曲解して、右公訴被告人を選挙運動の総括主宰者と認定した違法があり、此の点に於て原判決は破毀を免れないものと思料する。
第二点 原判決には理由に齟齬があり且つ採証方法を誤つた違法がある。
仮に公訴被告人金子新吾が本件被告佐藤重次郎の爲に選挙運動を総括主宰した者であり、且つ右公訴被告人に選挙罰則違反罪を犯した行爲があつたとしても、前記選挙に当選した本件被告が、其の選挙運動を総括主宰した右公訴被告人の選任及び監督につき、相当の注意を爲したときは、其の当選は法律上無効にならない訳である。而して原判決には此の点につき「被告と金子新吾との交友関係、金子新吾の閲歴性行等が被告訴訟代理人主張の通りであること、金子新吾を選挙費用の支出責任者に選任するについて高畠町長に当選した志賀三十郎の賛意を得たこと元小学校長渡辺喜太郎元郵便局長代理沼沢秀の両名を会計補助者に任じ金銭出納に関する記帳の事務を執らしめ且つ息重典を補助せしめたこと、又縣会議員選挙心得その他所論のような文書を選挙事務所に備付けしめた等の事実は(中略)之を認め得る」と明記してあり、從つて原判決は、本件被告が其の選挙運動を総括主宰した右公訴被告人の選任及び監督につき、相当の注意を爲したことを認め、其の事実を如実に物語つているものと目すべきである。それにも拘らず原判決は一面に於て、檢察事務官の金子新吾に対する第六回聽取書中の供述記載を引用し、主として之に基いて本件被告が選挙運動の総括主宰者たる右公訴被告人の監督に相当の注意を爲したとは認められないと断じている。然しながら原判決の引用に係る右金子新吾の供述記載中其の前半は、意味が曖眛不明瞭であり、又其の後半は全く同人の一方的且つ恣意的意見の表現に過ぎないから、右の供述記載は判断の証拠資料と爲すに適しないものと云わざるを得ない。然りとすれば本件被告が選挙運動の総括主宰者たる右公訴被告人の選任及び監督につき、相当の注意を爲したか否の判断に対する原判決の説明は、前後彼此矛盾していると同時に、原判決は判断の証拠資料と爲すに適しない右供述記載を採証の具に供している訳であり、從つて原判決には理由に齟齬があり且つ採証方法を誤つた違法があると論断せざるを得ない。されば原判決は此の点に於ても亦破毀されねばならないと信ずる。
敍上の如くであるから、原判決を破毀の上、更に相当の御裁判あらんことを求める次第であります。以上弁護人千早賢正上告趣意
第一点 原判決は被告が選挙運動の総括主宰者たる金子新吾の監督につき相当の注意をなしたのであるから当選は無効ではないとの主張に対し「被告と金子新吾との交友関係、金子新吾の閲歴、性行等が被告訴訟代理人主張の通りであること」……中略……「原審第三回公判調書中証人志賀三十郎、同佐藤重典等の証言記載によつて之を認め得るけれども」
「檢察事務官の金子新吾に対する聽取書(第六回)中自分(金子新吾)が事務長になることを承諾した当時被告に対し家畜商の組合員を纏めて運動して貰うに付ては御苦労を掛けるのだし煙草銭や運賃位は出して頼まなければならないと思うから其の金を自分が出すことだけは承知して、自分が出した金は被告が信用して全部認める、自分に運動方法を一切委せるからということであつたので武田新太郎その他の組合員に合計三万七千五百円の金をくれて運動を頼んだのである。若し被告が現在選挙違反に問われ同人に不利益だからといつて、自分が組合員に煙草銭をくれた事を自分にだけ責任を負わせ被告がその事について全然知らないし其の金について責任を持たないという様な事をいつているとすればそれは不都合極まることだと思う旨」の供述の記載を援用して「被告が金子新吾の監督に相当の注意をなしたとの事実は到底之を肯定し難い」として之を排斥して居る。
然し乍ら金子新吾の檢察廳事務官に対する供述は供述自体の記載せられた状態によつて明らかな如く檢察事務官が金子新吾に対し、被告は金子新吾が「金を出した事については全然知らないし其の金について責任を持ないといつている」と告げて金子新吾の経済的損失に対する不安を刺戟し感情を興奮せしめて誘導し感情に任せ報復的に供述せしめた事は其の次の記載、即ち金子新吾が「責任を持たないと云う様な事を云つて居るとすればそれは不都合極まることだと思う旨」の記載によつて明らかである。当時金子新吾が武田新太郎その他の組合員に支出した合計金三万七千五百円の金につき被告が責任を負つて支拂つてくれるか何うかに付不安を抱いて居た事は其の後檢事の取調に対し(第四回記録八〇六頁)「先程申上げた三万七千五百円の金は私の金から拂つて置きましたが選挙が終つてから候補者の方で何とかしてくれるだろうと思つて居りましたが未だ精算は付いて居りません。」と云う供述記載によつて明らかである。証拠の証明力は裁判官の自由な判断に委ねてあるとは云え被告人の供述を録取した書面にして其の署名若しくは押印あるものと雖も特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り証拠とすることが出來ることは新旧訴訟法を通じた刑事訴訟法上の大原則であつて金子新吾の本供述の如き檢察事務官の誘導により感情に任せ報復的に供述したものを証拠として採用し得べきものでない。
以上により原判決は眼力紙背に徹せず証拠として採用すべからざるものを証拠として採用し事実を認定し被告の当選を無効とした事は採証の法則を誤つたものだから破棄さるべきものと信ずる。
第二点 次に原判決は「金子新吾に於て数回に亘つて金円供與の犯行を反覆累行したにかゝわらず被告が看過していた事実に照合すれば被告が金子をして違反行爲なからしむるに監督上周到の注意を拂つていた事は認められない」として前記金子新吾の供述と照合して「被告が選挙運動の総括主宰者たる金子新吾の監督に相当の注意を爲したとの事実は到底之を肯定し難い」として居る。然し乍ら前記金子新吾の供述が証拠とならない以上金子新吾が金銭供與の犯行を反覆累行したことゝ被告が選挙運動の総括主宰者たる金子新吾の監督に付相当の注意を爲したか否かについて審究するに被告は「会計前監督として元小学校長渡辺喜太郎及び元郵便局長代理沼沢壽とを択び金銭の收支に伴う事項は全部右両名をして帳簿に記載させ更に息子の重典をも補助させた而して被告は連日金子新吾始め前記会計事務員等に選挙運動に付て重要な事項を聽取し收支その他の帳簿を閲覧して不当支出なきよう注意し一般注意事項として縣会議員選挙人心得及び新地方選挙解説書等の文書を金子に交付し之を選挙事務所に備え付させ又四月十一日には封緘葉書を以て金子新吾に買收饗應等一切之を爲さゞるは勿論誤解を避けるため選挙終了後迄は会合を避け弁士等も赤場に宿泊せしめざる様監督され度い旨嚴重に制止し尚選挙運動中一回も外泊せず常時総括主宰者の監督に注意したものである」之れ以上如何にすれば監督ができるか法律は人力の不可能を強いるものではない。
抑々「監督」とは他人に対して或行爲を制止し又は或行爲を指図することであつて「相当の注意」とは所謂善良なる管理者の注意、即ち一般人の普通行う注意を謂うのであり常に被監督者と連行して被監督者をして非行を爲さしめない程度の注意ではない。金子新吾が被告の前記の如き制止を顧みずして金銭を供與したとしても被告は金子新吾と常に連行する以外監督の方法はあるまい。被告にあらずとも監督不可能と思わるゝ。之をしも監督不相当というのは人に不可能を強うるものではあるまいか。
金子新吾に金銭供與の犯行があつたという前提の下に直ちに被告に監督不相当の責任があるとの判定は誤れる論理の飛躍があるのではあるまいか。
原判決は此の点に於て審理不盡の点があり法律の解釈を誤つたもので破棄さるべきものと信ず。
以上